松蔭のオナ禁

大学生がオナ禁で得たものを語る。

性衝動について。

 最近のビジネス書なんかは、

ナポレオン ヒルの書いた、

「思考は現実化する」と似たようなものが多いが、

その中の性衝動に関しての内容はあまり取り上げられることはない。

 

でも自分はこの性衝動に関してが、

「思考は現実化する」の中で一番気に入っている。

 

内容は詳しくは書けないので気になる人は自分で読んでみて欲しい。

 

簡単に言えば、成功者は男女を問わず性欲の強かった人が多いとか、

欲望の中で一番強いのが性欲であるとか、性欲に駆られた人間はすごい能力(想像力、意志、勇気、忍耐力、想像力)を発揮する

みたいな感じだ。

 

自分の考えではあるが、

どれだけうつ病で苦しんでいる人でもおなにーはできるだろうし、

死にたいと思っている人でもおなにーはすることだろう。

(自分も死にたいと思っている時でもおなにーは毎日ちゃんとしてた。笑)

 

あとは、性犯罪者についてのことかな。

 

たとえ引きこもりの無職の人間でも性欲に駆られれば女性を襲ったりする勇気が出てしまうのだ。

(就職面接を受けたり、バイトをしたり、女性に告白したりする勇気はないのに。)

 

じゃあもしそのすごい性欲という力をどこか他に向けることが

できたらすごいことができるんじゃないだろうか?ってこと。

 

多分オナ禁の記事を読んでいる人のことだから、

おなにーが我慢できなくて困っていることだろう。

それはつまり性欲が強いって言うことだ。

 

と言うことは、それだけ大きなパワーを持っているのだ。

 

もしかすると世界を変えるような何かを作ることができるかもしれない

そのパワーをティッシュの中に捨ててしまっていいのだろうか?

 

とは言うものの性衝動は抑えることはとても難しい。

 

多分押さえ込もうとするから難しいのだろう。

何か別のものに転換すると考えるのはどうだろうか?

 

 

 

オナ禁教

自分的にオナ禁っていうのは宗教のようなものだと思っている。

 

つまり、信じる者は救われるっていうこと。

宗教で救われる人がいるように、

オナ禁でも救われる人がいる。

 

 

宗教を信じているだけでは人は救われないと思う。

宗教を信じて日ごろの行動を変えたり、思考が変わったりすることで

救われたり幸せになれるんだと思う。

 

だからオナ禁にもこれを意識していくことが必要だと思う、

オナ禁をするだけでなく、日ごろの思考を変えていこう。

 

 

 

そしてオナ禁教と言う宗教なのだから、

他の人からのオナ禁は意味がないと言う指摘も聞かなくていい。

 

宗教でもよくあるように、

宗教間の対立は避けることはできないだろうからね。

 

宗教の儀式でも他の人からすれば、

「あれは何の意味があるんだ?」

って思うようなものもあるからね。

 

だからと言って批判するのはおかしいことなんだ。

その本人はそれが正しいと思って行動しているからね。

 

自分の正しいと思っていることと違う行動をしている他人を見て批判するのはおかしい。(そもそも自分が正しいと思っている神経がおかしい。)

 

誰が間違いで誰が正しいなんてことは存在しない。

 

だったら自分の正しいと思うことをするだけで、

他人の意見は関係ない。

 

もし「おなにーをすることは体にいいんだ。」って思うならそれは正しいことだろう。

だからと言ってオナ禁を批判することはおかしい。

 

そして逆に「自分はオナ禁派だぜ。」って言う人でもおなにーをしている人を見て馬鹿にしたり無理やりオナ禁を勧めるのもよくない。

 

これは、ヴィーガンと普通に肉を食べる人の対立に似ているかもしれないね。

人は変われるということを証明しようと思う。

人は変わることができないというのが

大多数の意見である。

 

それでも自分は変わろうと思う。

 

こういうのにありがちな展開としては、

大体が宣言だけで終わっているやつ。

 

 

オナ禁ブログの大半はそれだよね。

ほとんど途中で更新が止まってるしな。

人は自分の変わっていく姿を想像してそれで気持ちよくなっちゃって、

それを達成しなくても満足しちゃうからね。

 

でも自分は絶対にそうはならない。

はっきり言って自分は変わらなければ、

死んでしまうだろうからね。

 

死について考えすぎてもう死への恐怖は消えた。

たぶんきっかけさえあれば死ぬだろう。

 

でも簡単に死ぬのはもったいない、

せっかくだから生まれ変わったかのように生きていこうと思う。

 

 

当然生まれ変わったんだから過去の失敗や成功は帳消しだ。

 

いちから頑張ってみる。

おなにーのデメリット

おなにーをすると、

ドーパミンとかが出て気持ちよくなっちゃうっていうのは

みんな知っていることだろう。

 

ドーパミンって言うのは脳内麻薬とも言われることもある、

だからと言って絶対的な悪いものではないけどね。

 

でも、脳内麻薬って言うくらいだから、

本物の麻薬のように簡単に依存してしまう。

 

ギャンブル、セックス(ポルノ)、アルコール。

 

これらは全てとっても気持ちよくなれるものだけど、

その分依存症になってしまう人が多い。

 

ドーパミンというのは、

快楽を産むと同時に、

もっと欲しいという願望を産むものなのだ。

 

でも脳っていうのは、

自分が壊れないためなのかなんなのか、

快楽物質(ドーパミンとか?)と、

その快楽物質を受け取る受容体(レセプター)

って言うのを減らしてしまう。

 

 

そうすると前と同じことをしても

快感がどんどん減ってしまうって言う訳。

 

 

だから麻薬依存症の人なんかは、

だんだんと量を増やしていくって言うこと。

 

中国ではアヘンが蔓延して大変なことになったけど、

自分的には、ポルノだったり、おなにーも同じように思う。

 

じゃあせっくすも同じでは?

って言う意見もあるだろうけど、

せっくすは相手が必要だし、

おなにーと違って自分の好きなときにできるものではないしね。

 

風俗も、大金持ちじゃなければ

そんな毎日行くわけじゃないだろうしね。

(もし毎日行ってるようなら、ダメだとは思う。)

 

 

話は戻るけど、

一回で感じられる快感が減るって言うことは、

もっとその行為をしなければ満足できなくなるんだから、

もっとおなにーをすることだろう。

 

医者でもないから詳しくないけど

脳の快楽物質って言うのは、

普通に考えて量に限りがあることだろう。

 

ドーパミンとか快楽物質って言うのは、

せっくすやおなにーの時にだけ出るものではなくて、

日常生活でも使われるものだ。

 

だから美味しいものを食べたり、

仕事で成功したり、

誰かに褒められたり、

テストでいい点を取ったり、

好きな子と付き合えたら

嬉しい。

 

でも依存症の人は、

さっき言った通り、

快楽物質の量は減っているし、

しかも受け取るところも減っているから、

普通の人より、快感を感じられなくなっている。

 

ドーパミンに関しては、

やる気の源とも言われるものだから、

その量が減って仕舞えば

どうなることか、

小学生でもわかることだろう。

 

 

やる気がなくなってしまうのだ。

 

 

何をしても楽しくない、

楽しくないから、何もやりたくない。

 

やる気が起きるのは、

少しだけ快感を得られるおなにーだけって訳。

 

客観的に見れば、最悪の人生だよな。

 

オナ禁しても決してスゴくなれる訳ではない。

勘違いしている人がとても多いが、

オナ禁を何年やろうとスゴくなれる訳ではない。

 

通常モードになれるだけだ。

 

つまり、オナ禁している状態っていうのは

マイナスなんだよ。

 

簡単に言えば、常に足枷をつけられた状態で

50メートル走を走らされている感じだね。

 

足枷を外したら前よりも速く走れる訳だけど、

別に速くなっているって訳じゃない。

 

 

だからオナ禁だけでモテたり、

女の子とやりまくれるって思ってる人は、

間違っている。

 

オナ禁でモテているっていう人は、

大体の人が何か筋トレや、

恋愛テクニックを勉強してることだろう。

 

 

だからオナ禁でモテないって言ってる人は

自分が間違っていることに気づこうか。

 

 

そもそも、

モテるようにするにはどうすればいいかわかっているだろうか?

 

 

オナ禁をして待っていたら女の子が寄ってくるとかいう妄想を

している時点でおわっている。

 

自分からアタックしような。

きりのいい日からオナ禁するのはいい。

個人的な意見だが、切りのいい日(月の始まりとか)

からオナ禁を始めるのはとてもいい。

 

なぜなら、日数を数えるのが楽だからだ。

 

日数を意識すると、

もうこんなにオナ禁してるのに、

リセットするのもったいねえ、、、

って感覚になれるしね。

 

 

本質

繰り返し行われることが我々の本質である

さすれば卓越するということは行動ではなく、習慣に現れるものである

                             アリストテレス

 

おなにーを習慣にしているものは、

それが本質になっていくということだろう。

 

逆にオナ禁を習慣にすれば、

それが本質になっていく。

 

あなたはどちらを本質にしたい?

 

 

まあ、こう聞かれたら後者を選ぶだろうね。

 

だからと言って、

行動に移すのは難しい。

 

何かを習慣にするためには、

確固たる価値観が必要だという。

 

オナ禁をできないっていう人は、

それがないんじゃないだろうか?

 

オナ禁するにもなんとなく、

生きているのもなんとなくって感じだろう。

 

そのままでは何も成し遂げることなく、

死んでいくことだろう。

 

大学受験の時も、何かやりたい分野があって受験する人と

なんとなくで進学するような人とでは、

やっぱり勉強の身の入り方も違うだろうし、

出てくる結果も違う。

 

もしあなたが本当にオナ禁をしたいっていうなら、

何が自分の価値観か考えてみてはどうだろうか?